
DAVICS2 映像つくるヒトのSNSの前身は、ML(メーリングリスト)を中心に活動していた、映像制作者のためのオンライン・コミュニティである"DAVICS"です。
DAVICSとは"Digital Audio-Visual Independent CreatorS"の頭文字をとって名付けられたものであり、そもそもはフリーランスや小規模会社で活動するプロフェッショナルな映像制作者たちのための「知識とノウハウの共有」のためのコミュニティでした。
DAVICSは、2000年2月に発足しました。
当時はまだ、個人クリエーターによるデジタル映像制作はまだごく初期の段階にあり、DV系によるビデオ制作もまだ普及はしておりませんでした。 こうした状況にあって、特に独立系映像クリエーターのコミュニティとして、デジタル映像制作技術ノウハウと情報の共有を目的として開始したものです。
試験運用時はオープンなコミュニティでしたが、正式発足時に当時のメンバーの意見を入れてクローズドな(ログを外部に公開しない)コミュニティへと方針を切り替えました。
発足時は、独自サーバによるメーリングリスト運営でしたが、2001年5月にFreeMLに移行しました。この頃より、個人・小企業によるデジタル映像制作が盛んになってきたため、メンバー数も増加し、活発なコミュニケーションが行われました。
また、この頃Webサイトに設けた掲示板による開かれたコミュニケーションとの連動も行い、もっとも活発性のある時期となりました。
しかし、2003年頃から少しずつコミュニケーションが沈滞化をはじめ、メンバーは多いもののあまり活発な情報交換が行われない状況が続きました。
ちなみに、最大時のメンバー数は(登録アドレス数ベースで)140名以上に達しておりました。 それに至った理由のひとつには、DV系デジタル映像制作技術が普及、かつ成熟化したため、技術的ノウハウ共有の必要性が薄れたことがあげられると思います。
クローズド・コミュニティであったために、新規メンバーの加入が少なかったことも、沈滞化のひとつの原因であったと思われます。
2005年12月に今後のDAVICSの方向性について管理人が議論を起こし、廃止も含めて方向性転換の提起を行いました。その結果、存続をのぞむ声が多く聞かれ、またMLという形式への愛着の表明も数多くありました。
そこで隆盛のブログという形式とリンクさせ、原則オープン(一部クローズド)なコミュニティへと変化させることで、さらなる活性化をめざすことにしました。また、参加していながら一切発言しないいわゆる幽霊ユーザーの存在が問題であったため、この転換を機にいったん全メンバーを削除し発言の意思のある者のみの再登録という整理手段をとることにしました。
そして、2006年1月より新発足した新生DAVICSでは、オープンかつ外部とのコミュニケーションを目的とした共同ブログと、クローズドでメンバー同士のコミュニケーション性にすぐれたMLの両方を結んだ、新しい形態となりました。
この移行に際して、従来のDAVICSホームページは閉鎖され、Webポータルの役割はDAVICS共同ブログが担うことになりました。
しかし、この形態で1年間活動したものの、以前のような隆盛は取り戻すことができなかったため、2006年12月になってあらためて解体的出直しを宣言して、新たな活動の形態を探りました。
この時、オープンソースのSNSエンジンを利用して構築されたのが、現在のDAVICS2 映像つくるヒトのSNSです。2006年12月25日にDAVICS2 映像つくるヒトのSNSは正式オープンし、順調に会員数を伸ばしていきました。
しかし、当時使っていたレンタルサーバでは数百名以上のメンバーが快適にコミュニケーションを展開できる環境が構築できなかったため、2007年4月に新しく専用サーバ環境に移転し、同時にURLも現在のものに変更しました。
2008年11月より、コストのかかりすぎる専用サーバをやめ、DAVICS2は現在共有サーバで運営されています。機能追加も随時行っています。
最終更新日: 2009年11月18日(水) 11:15 JST| 